しかし、好事魔多し。
ラストイベントがたいへんなことになった。
当時はバブル終焉。
まだ採用予算も多く、私はサウンズオブセトという豪華客船を五〇〇万円で借りて、ド派手な就職イベントを決行した。
会社は四〇社近く集まった。
この時点で黒字になった。
あとは学生が五〇〇人船に乗れば……。
しかし……。
そう、学生は来なかったのだ。
計八三人。
まさしく破産だ(笑)。
利益は出て、どうして破産?当然の疑問だろう。
ところが、この世界は評判が出回るのがあっと言う間なのである。
本当に社員に迷惑をかけてしまった。
「Yくんの会社は、学生が五〇〇人も集まると言っていたのに1〇〇人もいなかった」となるわけだ。
厳密に言うと、翌年の二八〇〇人の学生を集めた大成功イベントまで、この世界での本当の信頼は得られなかったと思う。
スタッフが戦略的に予算を使い、広報に駆けずり回ったことも大きいが、当時、プロレス界で絶頂期のO選手が、学生を激励に来るという宣伝文句は大きかった。
そのときO氏はノーギャラで協力をしてくれた。
本当に感謝している。
八三人が二八〇〇人。
会場のエレベーターは完全にストップし、非常階段を使うしかない大パニック。
いまでも、あれ程盛り上がった打ち上げはない。
みんな笑顔だった。
そしてこのイベントで、俺はかけがいのない人間を得ることができた。
現在、当社の取締役本部長を務めるTである。
このとき彼は近畿大学の四年生。
インターンとして、駆けずり回っていた。
現場が見えてきて感じたことそれからは、確実に「就職情報会社」としての道を順調に歩み始めた。
当時、私は学生の窓口をWという社員に任せ、一歩下がったところいた。
ところが、Nさんと仕事をしてから一変した。
確か高額なギャラを払い、広島から学生を連れて行き、東京で撮影するというビデオの企画だったと思う。
いま考えるとすごいバブル企画である。
だが、そのときにすごく感じたのは、「この人はもう現場の人じゃない。
この人はエリートだ。
地べたをはいつくばっている学生のことは、この人にはもうわからない」ということだった。
もちろん、いまでもNさんは尊敬しているし、好きである。
コピー力など、私は足元にもおよばない。
このとき、Sさんとも仕事した。
その後、私は『N』という本を出した。
私の人生のターニングポイントというべき、学生のための、そして私の人生のバイブルとなった本である。
墓地で承認された実際に担当される墓地へ説明する際に記入されることで問題無いと考えます。
なかなか墓石に踏み込めない「でも、具体的にどうすればいい?」という方のために、身近な墓石について説明していきましょう。
石材を積極的に利用する人に、将来的な石材についての見込みについて伺いました。
墓石は今まで培ったノウハウを活かし、墓石のサービスを安定して提供できるよう取り組んでまいります。
不況の中でも高い利益を上げるお墓、その秘密をお墓で探ってみましょう。